Veilleuse 音楽の常夜灯

Makeda

Les Nubians

ロケ地ニューオーリンズ

サビで、同じ人を2つの名前で呼びます。「ラ・レーヌ・ド・サバ」、それから「マケダ」。シバの女王と、そのエチオピアでの名前です。

名前の出どころ

『ケブラ・ナガスト』という14世紀のエチオピアの書物があります。そこではシバの女王がマケダという名で出てきて、エルサレムのソロモン王を訪ね、二人の間に生まれたメネリク1世がエチオピアの王家の祖になります。

姉の Hélène Faussart が、この曲を書いたきっかけを話しています。

I was reading about the Kebra Nagast, the holy Ethiopian book, and the story of King Solomon and the Queen of Sheba.

(ケブラ・ナガストという、エチオピアの聖なる書物のことを読んでいた。ソロモン王とシバの女王の話を。)

同じころに旧約聖書の「雅歌」も読んでいて、そこに引っかかった1行がありました。妹の Célia は、雅歌のなかでシバの女王が「美しい、けれど黒い」と書かれていることを挙げています。なぜ「美しくて、黒い」ではいけないのか、と続けています。歌詞はそこから始まっています。

Makeda était reine, belle et puissante / Salomon rêvait de sa peau noire / Je chante pour raviver les mémoires / Exhumer les connaissances que la spirale du temps efface

(マケダは女王だった。美しく、力があった。ソロモンはその黒い肌を夢に見た。わたしは歌う。記憶をよみがえらせるために。時の渦が消していく知識を掘り起こすために。)

「わたしは歌う」から先の2行は、CD のジャケットの内側に大きな太字で刷られています。この2行が大事なのは、自分がどこから来たのかを知らなければ、どこへ行くのかも分からないからだ、と Célia は1999年の取材で説明しています。Hélène はこの曲を、混血の一組の男女についての歌だとも言っています。

ボルドーで、アカペラから

二人はパリ生まれです。父がフランス人、母がカメルーン人で、子どものころに7年チャドで暮らし、そのあとはボルドーで育ちました。母はセネガルの歴史家シェイク・アンタ・ジョップのもとで学んだ人だと、二人が取材で話しています。

歌い始めたのはボルドーで、伴奏なしでした。理由は本人たちが話しています。

We began a cappella because at that time we were young, and the musicians, they didn't trust us. So they were asking us to do their backing vocals, but they didn't want to come and play for us.

(アカペラで始めたのは、まだ若くて、ミュージシャンが信用してくれなかったから。バックコーラスはやらせたがるのに、こちらの曲は弾いてくれなかった。)

Célia が続けて、「そっちの曲を弾いてくれないなら、コーラスもやらない、二人でやる」と言っています。二人だけのステージで、アフリカの伝統歌からゴスペル、ブルース、ジャズ、ボサノバ、レゲエ、ヒップホップ、ジャングルまでをカバーで並べていました。黒人音楽を1本の木にたとえて、根から葉まで、という言い方を Hélène はしています。Les Nubians という名前は、古代のヌビアから取りました。アフリカの文明の始まりまでさかのぼるためだ、と Célia が言っています。

曲の共作者でプロデューサーの Mounir Belkhir は、マルセイユの北の団地で育った人です。11歳でテープレコーダーをいじり始め、14歳で DJ になり、90年代のはじめにはラップ・グループ UPTOWN をやっていました。アルバムでは5曲を書いていて、「Makeda」もそのひとつです。クレジットでは作詞作曲が Célia、Hélène、Belkhir の3人、プロデュースが Les Nubians と Belkhir、録音が Pascal Garnon、ミックスが Tim Latham です。アルバム全体はロンドンの Soul II Soul のスタジオで Lee Hamblin と録ったと書かれていますが、Hamblin がプロデュースしたのは15曲のうち7曲で、「Makeda」は入っていません。

フランスでは2枚目、アメリカでは1枚目

アルバム『Princesses Nubiennes』は、1998年6月にフランス、スイス、ベルギーで出ました。公式チャンネルの説明では、「Makeda」はそこからの2枚目のシングルです。アメリカでは Virgin 傘下の OmTown / Higher Octave から出て、1999年10月の Denver Westword の記事は「最初のシングル」と書いています。国によって順番が違います。

アメリカで当てるつもりは無かった、と Hélène は2003年に話しています。

When we recorded the first album, we didn't have any plan to break through in America. It was really like, "Let's do our music and we're just gonna see what happens."

(最初のアルバムを録ったとき、アメリカで売れる計画なんて無かった。自分たちの音楽をやって、何が起きるか見てみよう、というだけだった。)

アメリカではラジオが時間をかけて拾い、Billboard の Urban Adult Contemporary チャートに入り、アルバムは Heatseekers チャートに、それから Billboard 200 の100位まで来ました。Billboard の集計で、10年以上の間で最も売れたフランス語のアルバムになっています。1999年9月3日、サンタモニカの Soul Train Lady of Soul Awards で、「Makeda」で2人が新人賞(Best R&B/Soul or Rap New Artist)を取りました。アルバムもグループ部門にノミネートされていて、グループ部門は TLC の『FanMail』が取っています。

映像には、ニューオーリンズのマルディグラで二人が歌っている場面が挟まっていて、BET で定期的に流れました。その公演が、二人がアメリカの土を踏んだ最初だった、と Westword が書いています。フランスとアフリカの両方に根のある人が多い街です。

元ネタと、元ネタになってから

サンプリングの出どころを集めたサイト WhoSampled は、この曲の元ネタとして Herbie Hancock の「Suite Revenge」を挙げています。1974年の映画『狼よさらば』のサウンドトラックに入っている9分25秒の組曲です。逆に「Makeda」を使った曲としては、Casey Veggies の「Choose Up」などが並んでいます。

そして2026年4月18日の Record Store Day で、Rhino から12インチが出ました。DJ Spinna & Ticklah のミックス、原曲、3rd Force のリミックス、Spinna & Ticklah のインスト、アカペラ、インストの6曲です。1998年に OmTown がアメリカで配ったプロモ盤の12インチと同じ並びです。

出典

  • YouTube — Les Nubians「Makeda (Clip officiel - HD)」(公式チャンネル)(長さが3分58秒であること・概要欄に『Princesses Nubiennes』からの2枚目のシングルと書かれていること)
  • Discogs — Les Nubians「Makeda (Remixes)」OmTown 45997-MR(1998年・アメリカ)(プロモ盤の6曲の並び・作詞作曲が Célia Faussart、Hélène Faussart、Mounir Belkhir であること・プロデュースが Les Nubians と Mounir Belkhir、録音が Pascal Garnon、ミックスが Tim Latham、マスタリングが William Aura であること)
  • 1-2-3-4 Go! Records — Les Nubians「Makeda」12" (RSD 2026)(2026年4月18日の Record Store Day に Rhino から出た12インチであること・収録6曲)
  • Denver Westword — Le Stew Culturale(James Mayo、1999年10月21日)(パリ生まれで父がフランス人、母がカメルーン人であること・ボルドーで育ち、チャドで何年か暮らしたこと・アメリカでは「Makeda」が最初のシングルで Urban Adult Contemporary チャートに入り、アルバムが Heatseekers チャートに入ったこと・映像がニューオーリンズのマルディグラで撮られ BET で流れたこと・ニューオーリンズの公演がアメリカで最初の公演だったこと・CD の内側に「Je chante pour raviver les mémoires…」の2行が太字で刷られていること・「どこから来たか知らなければ、どこへ行くかも分からない」という Célia の説明)
  • CNN — Les Nubians soak up success(2003年5月7日)(子どものころ7年チャドにいたこと・ミュージシャンが信用してくれなかったのでアカペラで始めたという Hélène と Célia の言葉・アフリカの伝統歌からジャングルまでをカバーで並べていたこと・アメリカで売れる計画は無かったという Hélène の言葉・『Princesses Nubiennes』が Billboard 200 で100位まで上がったこと)
  • SF Bay View — 'Nü Revolution': an interview wit' Helene and Celia Faussart of Les Nubians(2013年7月)(『ケブラ・ナガスト』を読んでいたという Hélène の言葉・歌詞が聖書の一節に引っかかって書かれたこと)
  • Orijin Culture — my Orijin | Les Nubians(雅歌でシバの女王が「美しい、けれど黒い」と書かれていることへの Célia の疑問・混血の一組についての歌だという Hélène の言葉・Les Nubians という名前を古代ヌビアから取った理由・母がシェイク・アンタ・ジョップのもとで学んだこと)
  • Genius — Les Nubians「Makeda」歌詞(引用したフックとサビの行)
  • WTPL Music — Mounir Belkhir(1972年マルセイユ生まれで北の団地で育ったこと・11歳でテープレコーダー、14歳で DJ、90年代はじめにラップ・グループ UPTOWN・『Princesses Nubiennes』で5曲を書き「Makeda」がそのひとつであること)
  • Encyclopedia.com — Les Nubians(アルバムがロンドンの Soul II Soul のスタジオで Lee Hamblin と録られたこと・1998年6月にフランス、スイス、ベルギーで出たこと・アメリカでは Virgin 傘下の OmTown / Higher Octave から出たこと・Billboard で10年以上の間で最も売れたフランス語のアルバムになったこと)
  • Wikipedia — Princesses Nubiennes(15曲の作者クレジット・Lee Hamblin がプロデュースしたのが2・6・7・10・11・12・15曲目であること)
  • Wikipedia — 1999 Soul Train Lady of Soul Awards(1999年9月3日にサンタモニカで開かれ、「Makeda」が Best R&B/Soul or Rap New Artist を取ったこと・アルバム部門のグループの賞が TLC『FanMail』だったこと)
  • Wikipedia — Kebra Nagast(14世紀のエチオピアの書物で、シバの女王がマケダの名で出てくること・メネリク1世の話)
  • WhoSampled — Les Nubians's 'Makeda' sample of Herbie Hancock's 'Suite Revenge'(元ネタが「Suite Revenge」であること)
  • WhoSampled — Songs that Sampled Makeda(Casey Veggies「Choose Up」などが「Makeda」を使っていること)
  • Wikipedia — Death Wish (soundtrack)(1974年に Columbia から出た Herbie Hancock のサウンドトラックで、「Suite Revenge」が9分25秒の組曲であること)
出自
ボルドー(パリ生まれ。子どものころに7年チャドで暮らした)
レーベル
Virgin(フランス) / OmTown・Higher Octave(アメリカ)
収録
Princesses Nubiennes(アルバム)
発表
1998年
出典
https://youtu.be/22HL5ZOOHGI

記事一覧へ戻る