Veilleuse 音楽の常夜灯

Tonight

cow'p

アルバムに添えられているのは、機材の名前だけです。

sound from one gameboy. nanoloop one or nanoloop mono.

ゲームボーイ1台。ソフトは nanoloop。8曲46分、全部それで作られています。

安い機械が音楽を変えた前例

この構えを、単なる制約遊びとして受け取ると半分しか見えません。手がかりは曲名のほうにあります。

収録曲の5曲目が「Sleng Teng」。レゲエを知っている人には説明のいらない名前です。

1985年、ジャマイカで「Under Mi Sleng Teng」が発表されました。歌はウェイン・スミス、プロデュースはノエル・デイヴィーとロイド・"キング・ジャミー"・ジェイムス。この曲が使ったのは、カシオトーンMT-40という家庭用キーボードに入っていた「ロック」のプリセットです。デイヴィーとスミスがそれを見つけ、ジャミーがテンポを落として歌の調に合わせ、ピアノと手拍子を重ねた。

生楽器は一つも使われていません。 レゲエ史上初の、完全にコンピューター化されたリディムとされています。1985年2月23日、ジャミーのサウンドシステムがブラック・スコーピオと当てた夜にこれが鳴って、以後のダンスホールは全部この後の世界になりました。

そして、そのプリセットを1980年に作ったのは、カシオの技術者・奥田広子です。日本の楽器メーカーの社員が書いた短いフレーズが、ジャマイカで音楽の時代を切り替えた。

だから、ゲームボーイなのだと思う

この流れを踏まえると、ゲームボーイ1台という選択の意味が変わってきます。

安価な民生機に入っていた音が、ジャンルを丸ごと動かした前例がある。それをやったのが日本製の機械だった。cow'p がやっているのは、その前例をもう一度、別の日本製の機械で踏み直すことです。曲名に「Sleng Teng」を置いているのは、たまたまではないでしょう。

曲名の並びを見てもそれがわかります。「Gamebwoy Man」「Step inna di Game」「Junglistic」「Stalag」「Heavenless」。Stalag と Heavenless はレゲエのリディム名として知られる語で、ゲームの語彙とジャマイカの語彙が交互に来る作りになっている。アルバム題そのものがパトワで書かれていて、ゲームボーイを甘く見るなという啖呵になっています。

タグには drum & bass、jungle、reggae、riddim と並んで lo-bitgameboyx1。1台であることを、わざわざタグに書いている。

6分11秒を1台で持たせる

「Tonight」はアルバムの1曲目、6分11秒。ジャングルの構造としては標準的な長さですが、音源が1台きりだと事情が変わります。

ジャングルは分厚さで押すジャンルです。ブレイクビーツを刻んで重ね、下に太いベースを置いて、上物で空間を埋める。同時に鳴らせる数がものを言う音楽で、その点でゲームボーイの音源は本数が限られています。

限られているのに、出てくる音が太い。 ここがこの曲のいちばん驚くところです。本数で押せない分を、一発ごとの重さと置く順番で作っている。減らして澄ませる方向ではなく、少ない本数のまま下を出しにいく方向です。

8bit の音源で、フロアで通る低音が立っている。制約から出発した音楽がいちばんおもしろいのは、こういうときです。

アートワークは sawachan_tawa。cow'p は他にも『GAMEBOY tech』『BASS EXPERIENCE』『No World Order』『Soul Fyah Riddim』などを出していて、この機械での作業を一枚で終わらせていません。

こんな時、聴きたいかも(個人的にね)

音を上げられない部屋のほうが、かえってよかった。ヘッドホンだとビートの粒が見えます。ただ、下が出る曲なので、上げられる日に上げるとまた別の顔が出る。

作業中はだめでした。手が止まって、どうやって鳴らしているのかを数えはじめてしまう。

出典

収録
You never know di GAMEBOY, mi seh dem inna jungle.
発表
2022年3月4日
出典
https://cow-p.bandcamp.com/track/tonight

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