Veilleuse 音楽の常夜灯

赤橙

ACIDMAN

同じ曲が2回リリースされている、という話から始めます。インディーズで一度、2年後にメジャーで一度。アレンジも、作曲のクレジットも違います。

2000年の赤橙と、2002年の赤橙

最初に出たのは2000年11月24日、インディーズ盤。4曲入りで、収録は「to live」「赤橙」「公園」「培養スマッシュパーティー」。このときの「赤橙」の作曲クレジットは、ドラムの浦山一悟個人の名前になっています。

2度目は2002年10月9日。メジャーからの盤で、入っているのは「赤橙」と「scene of 創 #3」というアルバムのダイジェストの2曲。作詞はオオキノブオ、作曲はACIDMAN。個人名からバンド名に変わっている。

アレンジも別物になっています。同じ曲の別バージョンというより、2年かけてバンドの側へ移し替えたもの、という並び方をしている。

クレジットが変わったという事実だけが残っていて、理由は書かれていません。 誰が言い出したのか、揉めたのか、自然にそうなったのかは分からない。分かるのは、名前の書き方が変わるくらいには、あいだの2年で何かが変わったということです。

300円を3枚

メジャー盤の「赤橙」には、もうひとつ変わった条件が付いています。300円で売られたプレ・デビューシングルの3枚目でした。

ACIDMAN は「造花が笑う」「アレグロ」「赤橙」を、アルバムより先に3枚立て続けに出しています。そして2002年10月30日、1stアルバム『創』でメジャーデビュー。「赤橙」の発売はその21日前です。

アルバムを出す前に、安い盤を3枚並べて、最後の1枚にアルバムのダイジェストを入れておく。助走をそのまま商品にしているような組み方です。3枚目を買った人は、その時点でアルバムの断片を手にしていることになる。

埼玉の高校の軽音楽部

ACIDMAN は1997年に動き出した3人組。大木伸夫(ボーカル・ギター)、佐藤雅俊(ベース)、浦山一悟(ドラムス)。埼玉県の私立西武学園文理高校の軽音楽部で出会っています。川越市の出身。

大木伸夫は1977年8月3日生まれ。明治薬科大学を出ていて、実家が薬局、本人も薬剤師の免許を持っている。ほぼ全曲の作詞作曲を手がけている人です。

この経歴と曲を結びつけて何か言いたくなるところですが、本人がそう語った記録は見つかりませんでした。免許を持っている、というところで止めておきます。

こんな時、聴きたいかも(個人的にね)

この曲は、音量を先に決めてしまってから流すのが自分には合っていました。途中で上げ下げすると、上がっていく作りに手が入ってしまう。決めたら最後まで触らない。

昼に試したら、うまく入らなかった。というより、こちらが日中の顔のままだと、曲のほうが先に本気になってしまって置いていかれる感じがありました。夜のほうがまだ並走できた、というくらいの差です。

出典

  • Wikipedia赤橙 (曲)(インディーズ盤 2000年11月24日と収録4曲・メジャー盤 2002年10月9日と収録2曲・アレンジと作曲クレジットの違い・300円のプレ・デビューシングル第3弾であること・『創』への収録)
  • WikipediaACIDMAN(1997年から活動・メンバーと担当・西武学園文理高校の軽音楽部・川越市・2002年10月30日『創』でメジャーデビュー・大木伸夫の生年月日と明治薬科大学、薬剤師免許)
  • AcidmanVEVO(YouTube)赤橙
出自
埼玉県川越市
収録
発表
2002年10月9日(メジャー盤シングル)
出典
https://youtu.be/EXYTyVR1Eac

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